2012年10月13日土曜日

運命論の問題。

明日は東洋思想史と科学哲学の試験・・・。

NPO法人蕗の薹さんの会報が送られてきた。
命の選択についてのコラム。
出生前診断についての問題提起。ドキッとしました。

出生前診断で異常がわかると8割近くがその命を望まない昨今。
命の選別をしている大人が、いじめ問題などに対して命の大切さを教えられるだろうかという問いなげかけてくれました。

自分の身におこれば本当にどうかんがえるか、私にも答えはありません。

東洋思想史では古代中国の思想について勉強しています。孔子。。。老子。。。など

そこで人の生きる道について、運命だとか宿命だとか・・・昔の人が説いています。

子供をもって特にそうですが、人が生きていく上でやはり宿命のようなものがあると感じます。

生まれてからも、事故にあって障害をもつかわからないし、インフルエンザにかかって
脳に障害をもつかもしれない。

分娩障害だってあるかもしれない。

健康に生まれてきても、その人の運命や宿命を受け入れるときがあるかもしれないと思うのです。

そう考えると出生前診断でどんな子を授かろうと、自分に受け入れる強さを備えなきゃと思う。
簡単な問題ではないと思うけど。

そして、iPS細胞の研究者のノーベル賞受賞について科学哲学の観点から。

教科書を要約すると
 人間も動物と同じように大自然の一部である。
 人間行動のすべては自然科学によって解明されるはずである。
 医学、心理学など。。。

 しかし、人間にある知識、思考、認識などが人間の特異性であり

 単なる自然現象ではないということになる。

出生前診断もそうであるが、細胞による治療も「倫理的にどうか」がいつも問われる。

人間ってほんと複雑だわー。

というところ明日のテストは。。。捨て身です。


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